●殺し屋の勘。
「川西、英語ぺらぺらやねん」有田は言った。「昔、YMCAに通とったらしいわ。優秀やったから、先生にさせるために…そや、YMCAの先生にな、アメリカに留学させてもうたんや。そやけど、あいつ、女好きやろ、むこうで女できたんや」
吉田はおもしろそうに笑った。有田は川西とは仲がいい。
「でな、2年の留学が過ぎてもアメリカにおったらしい。YMCAとの約束、反故にしたゆうわけや。そやけど、それも終わってな、日本に帰ってきたんや」
川西秀雄、おれも知っていた。おれの勤めていたデザイン会社の、兄弟会社にいたコピーライターだった。話しをする機会はなかったが顔だけは知っていた。英語が堪能だということは、そのときから聞いていた。一度、近くの飲み屋で合流し、数人で飲み歩いたことが思い出された。
その数ヵ月後、川西は会社を辞め、運送会社の社長令嬢と結婚したということだった。以後、彼のことは聞かなかった。そしていま、ひさしぶりに飲んでいる有田から、彼の話しを聞いているのである。
有田によると、その結婚生活の実際は、漫画のようなものだったという。
社長の息子だということで、それなりのポジションを与えられ、個室も与えられたという。そこには、煙草も用意してある。昼食もチケットが与えられている。朝食、夕食は、もちろん家庭でとる。
このうえないようだが、しかし、給料は彼に一銭も渡らないようになっていたという。彼の奥さん、つまり、運送会社の社長令嬢が受け取るようになっていたのだ。小銭もなにも、自由になる小遣いが、彼にはまったくなかった。
「たまらんで、なあ、さーちゃん」
「監禁やなあ」おれは言った。
「ほんま、そや。会社行って、用意された煙草喫うて、食堂でチケットで飯くうて、帰って夕飯食うて…。酒飲みたかったら家で飲めゆうわけや」 有田は顔がわれるように笑って、ビールを飲んだ。
「こんな生活、2年やったけど、あいつとうとう離婚しよったんや」
ここで、有田の目が光った。「あいつ根性あるで。ヤルときはやるヤツやっちゃ。あいつな、慰謝料とりよってん」
「慰謝料? 男が?」
「そや」有田も笑っていた。「無理もないところあるで~」
そうだとも思った。
この後、どのような経緯をたどったのかはわからないが、彼は多額の慰謝料を手にしたという。
最終電車と待ちながら、どこか、手持ち無沙汰な感じがしていた。依頼がなかったのだ。有田と楽しく話して、楽しく別れただけである。だが、この種の話しには、一皮むいたところで、多くの依頼があるものなのだ。
