Friday, July 21, 2006

●コップのなかの怒り。

 今年の夏は異常に暑く長かった。湿気を含んだ空気はよどみ、熱せられたコンクリートの上でちらちらきらめき、道路のタールを溶かしていたかと思うと、突然,冬がきた。切り裂くような北風が街をわがもの顔に占領した。太陽は力を失い、空気は薄くなった。ここ数日の朝晩の冷えこみで、おれは今日からモモヒキを履きこんでいた。
 雑居ビルがならぶ一角、なかでもひときわみすぼらしい若松ビルをおれは見あげた。ため息をひとつついて、薄暗い、湿気を含んだコンクリートの階段へとむかった。
 昨日の山田宏からの電話での話しぶりでは、おれの、もうひとつのビジネスへの依頼だろうと思っていた。おれは表むきはフリーのデザイナーだが、ときどき裏の仕事もする。少しだけ危険なビジネスだ。
 『山田デザイン』と書かれているドアを開けると、事務所の全部が見える。ちっぽけなデザイン事務所である。書庫の一角にリノリウムのテーブルとプラスチックの椅子が置かれ、打ち合わせの場所になっている。四人の人間が打ち合わせをしていた。
「さーちゃん、申し訳ない」白髪がまじりの男が、右手を額の前にまっすぐあげた。彼が山田宏、年齢は五十歳を越えたほどである。
「あと二分。すまん」
 たっぷり十五分ほども経って、デザイン・ラフを握りながら山田は疲れた表情でやってきた。
「やっと終わったわ。そと、いこか。ちょっと待ってや。これ、置いてくるから……」
 わずか十名程度の会社だ。社長とはいえ現場で働かねばならないし、また、彼は現場の仕事が好きだったし、さらにいえば、山田は現場の仕事以外のことはできないともいえた。というのも…。ま、あとでゆっくり説明しよう。

 近くの二階の喫茶店に、おれと山田はいた。
 窓には街路樹が真近にせまっていて、かろうじて枝にしがみついている濃い葉っぱをとおして、赤いレンガの巨大な建物が、十一月の弱々しい光に浮かんでいた。
「あんなぁ~」ウエイトレスが去ってから山田が言った。「さ~ちゃん、はっきり言うわ。川尻や、あいつをやってくれへんか。そや、あいつや。経理のアイツや」
「やる? やるって……」おれは首に手を当てた。やるとは、つまり、殺る、殺すの意味であることを確認したのである。
「なんで、また~」
 川尻俊夫とは山田デザインの経理部長である。デザインの現場作業は知らないものの、しかし経理的な観点から山田デザイン事務所に貢献してきた人物である。おれの目からは、この不況の折、山田デザインが現在まで生きのびてこれたのも、彼の努力があったからだと思っていた。
「電話の口調から考えて、ま、裏っぽいなとは思ったけれど…。それにしても、まさか川尻さんとはなあ~。どうして、また~」
 山田は目をしばたいた。
「こないだ社員全員での反省会のときな」 言葉をつまらせた。少し沈黙があって、また話しはじめた。
「あいつ、おれを指さしてな……」
 ふたたび、少し沈黙があった。
「こんなふうに、指さしたんや」 山田はおれの目の前、十センチほどのところまで人指し指を突きだした。「おまえが、しっかりせなあかんのや! なんかヌカしやがってん」
 口調がとんがっている。目もいつもの柔和さがなかった。コーヒーを持つ手も、多少震えている。 怒りが心頭に達しているのがわかった。
「おまえ…て言いやがってん、おれにや! 社長のおれにやで」
 デザイナーやコピーライターといった人種は、本質的には現場の人間である。したがって、管理や経営といったことは得意とはいえないし、また、こうしたことを重要なこととして考えない傾向がある。思考回路がそうなっているのだ。いい仕事をする、いい作品をあげればいいとばかり考え、これ以外のことは枝葉末節なこととしてとらえてしまいがちだ。
 そして、山田宏はまさに典型的なデザイナーであり、現場こそ彼の生きる世界であった。それだけに、純真な人間であり、純情な男であり、それだけに、おお、誇りもまた高い。
 なるほど、すぐれたクリエーターがいなければ仕事は発生しないが、純真で、純情で、誇り高きクリエーターだけでもまた、会社はやっていけない。経理を担当する川尻俊夫は、陰の立場から、山田宏のこの欠陥を、あるときは、なだめ、また、すかしつつ、見事な補佐をしていると思えた。
 とはいえ、この不況。、崖っぷちの小さなデザイン事務所を維持するのは厳しいのだろう。ついに双方の立場上の違いが現実化したのだろう。そして、売り言葉に、買い言葉。十人程度の小さな会社では深刻な問題だが、小さな世界の小さなトラブルのように思えた。
 だが、トラブルはトラブルである。解決は必要である。山田の怒りはわかるものの、それにしても、なにも殺さなくてもいいだろうと思えた。
「ギャラは?」訊いた。
「きびしいんや。わかってや、さーちゃん。さっきの仕事で補填するとして…。ま、せいぜい二十くらい…」
「そんな安い命、ないなあ」 おれは笑いながら言った。「葬式代より安い命なんて」
 それから、三十分ほど山田社長と話しをした。

 針金のような三日月を背に、おれはブルーのダウンジャケットめがけてバットを振りおろした。
 川尻の悲鳴を耳の底に聞きながら、おれはペダルをこいでいた。モモヒキのため自転車のペダルを踏みずらかったが、機械のように脚を動かした。二十万のためだ。このセチガライ世のなか二十万は大金だ。
 もちろん、礼儀知らずをいましめもしたのだ。左腕の骨は折れたかもしれない。ヒビがはいる程度なら理想的なのだが。いまごろ、川尻は若松ビルの湿っぽい階段のわきで、左手をかかえてうずくまっているだろう。涙を流しているかもしれない。
 そして、明朝、山田は電話で彼に言うだろう。気にするな、ゆっくり養生したまえ。きみの努力と会社への貢献は、ぼくがいちばんわかっているんだ、と。流暢な大阪弁で、社長らしく、落ち着いて。
 この言葉は漏れ伝わって、山田社長は社員全員から尊敬のまなざしをうけるだろう。これでいいのだ。
 おれはペダルをこぎ続けてていた。

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