Saturday, September 02, 2006

●殺し屋の勘。

「川西、英語ぺらぺらやねん」有田は言った。「昔、YMCAに通とったらしいわ。優秀やったから、先生にさせるために…そや、YMCAの先生にな、アメリカに留学させてもうたんや。そやけど、あいつ、女好きやろ、むこうで女できたんや」
 吉田はおもしろそうに笑った。有田は川西とは仲がいい。
「でな、2年の留学が過ぎてもアメリカにおったらしい。YMCAとの約束、反故にしたゆうわけや。そやけど、それも終わってな、日本に帰ってきたんや」

 川西秀雄、おれも知っていた。おれの勤めていたデザイン会社の、兄弟会社にいたコピーライターだった。話しをする機会はなかったが顔だけは知っていた。英語が堪能だということは、そのときから聞いていた。一度、近くの飲み屋で合流し、数人で飲み歩いたことが思い出された。
 その数ヵ月後、川西は会社を辞め、運送会社の社長令嬢と結婚したということだった。以後、彼のことは聞かなかった。そしていま、ひさしぶりに飲んでいる有田から、彼の話しを聞いているのである。

 有田によると、その結婚生活の実際は、漫画のようなものだったという。
 社長の息子だということで、それなりのポジションを与えられ、個室も与えられたという。そこには、煙草も用意してある。昼食もチケットが与えられている。朝食、夕食は、もちろん家庭でとる。
 このうえないようだが、しかし、給料は彼に一銭も渡らないようになっていたという。彼の奥さん、つまり、運送会社の社長令嬢が受け取るようになっていたのだ。小銭もなにも、自由になる小遣いが、彼にはまったくなかった。

「たまらんで、なあ、さーちゃん」
「監禁やなあ」おれは言った。
「ほんま、そや。会社行って、用意された煙草喫うて、食堂でチケットで飯くうて、帰って夕飯食うて…。酒飲みたかったら家で飲めゆうわけや」 有田は顔がわれるように笑って、ビールを飲んだ。

「こんな生活、2年やったけど、あいつとうとう離婚しよったんや」
 ここで、有田の目が光った。「あいつ根性あるで。ヤルときはやるヤツやっちゃ。あいつな、慰謝料とりよってん」
「慰謝料? 男が?」
「そや」有田も笑っていた。「無理もないところあるで~」
 そうだとも思った。
 この後、どのような経緯をたどったのかはわからないが、彼は多額の慰謝料を手にしたという。

 最終電車と待ちながら、どこか、手持ち無沙汰な感じがしていた。依頼がなかったのだ。有田と楽しく話して、楽しく別れただけである。だが、この種の話しには、一皮むいたところで、多くの依頼があるものなのだ。

Friday, August 25, 2006

●タイル破壊。

「わからへん、惚れた女にフラれたんかもしらん。そやけど、5000万の借金があったんは事実や」
 つい先ほど、おれは芦田が自殺したことを聞いたところだ。ショックだった。数年も前のことであったという。昔はこの近辺のスタジオによく出入りしていたのだが、最近はとんとご無沙汰していた。

「最初から話したるわ」吉田が言った。「ヒマな土曜日やった、あいつの事務所の女の子から電話あったんや。十三警察から連絡あったゆうてな」
 こういうことだったそうだ。
 十三の連れ込みホテルで自殺者が発見された。首吊り自殺だという。遺書はなかった。だが、遺体にあった名刺から、自殺者は芦田デザインの芦田一樹と警察は判断した…、ともあれ、芦田一樹が関係者であることは間違いなさそうなので、芦田デザインに連絡があったのである。
 電話を受けたのは、二十歳ほどの見習いデザイナーだった。どう対応していいのかわかず、オロオロしたあげく、芦田社長と仲のよかったスタジオ「四次元」の社長、吉田に連絡してきたのである。
 吉田もまた驚いた。十三警察と連絡をとり、芦田の自宅に電話をいれた。吉田と芦田の奥さんの二人で遺体の確認に行った。はたして、遺体は芦田一樹であった。

「遺書もないし、理由はなんもわからへん。葬式やいろんなことあったけど…。でもな、あいつの会社、整理せなあかんやろ。いきがかりじょう、おれがそれをすることになったんや」吉田は言った。
 会社整理の過程で、5000万ほど借金があったことがわかった。
「サラ金も多少あったみたいやけど、ほとんどは銀行とそれから友だちやと思うわ。わかるやろ。この業界、自転車操業やからなあ…」吉田は言った。
 個人事務所に近いデザイン会社は、ひとつの仕事の動きによって経営状態はコロリと変わる。芦屋デザインはある大手企業の仕事の一部を請け負うことで生計をなりたたせていた。が、なにかの事情で、その仕事が他のデザイン事務所に移ってしまったらしい。といって、それに代わる仕事がすぐに見つかるわけでもない。収入はストップした。だが、固定費はのしかかる。事務所代、そして、重たい人件費…。

 この界隈のデザイン事務所の社長たちは、相互扶助の精神で、あるいは同病相哀れむの精神で「ちょっと200万貸してくれや。今月の給料、払われへんねん」などと言いながら、何十万から百万単位で無利子無担保の貸し借りを日常的にやっている。これが普通の姿である。こんななかで、芦屋デザインの負債は5000万になったのだろう。
 こうしたことは、ほんとうは、企業の能力といえるような問題ではない。まして経営の姿勢や方向といった問題でもない。営業能力の問題とは多少はいえるだろうが、だが、結局のところ、そのときの「運」とでもいうべきものだ。これがこの業界の真の姿である。

「さーちゃん、なんとなくな~」という前置きとともに、吉田はぼそっと言った。「保険金自殺やと思うんや。借金あったことは事実やけど、銀行とか仲間内の借金やから、まあいや、どっちゅうこともあれへん。それより、このまま見通しのないままやってたら、あいつ、家族への保険金まであやしなると思たんちゃうか。こんな感じするんや」
 この意味を正確に理解できるほど、おれは保険についての知識がない。だが、言わんとすることは理解できた。芦田は借金苦というより、見通しのないままこの状態を続けることは、地獄をさらに下るという判断をくだしたのかもしれないのだ。そして、このような状態から、守るべきものを守るために、適切な時期を選んで自殺したという考えは正しいのかものかもしれないと思った。
 死にむかう絶望にも、救いは必要なのだ。

 梅田3番街。
 おれは豪柔流の空手で壁面のピンクのタイルを砕いた。そのとき、おれは鬼であった。周囲の人間たちは、おれを見ないフリしてその場をそそくさと立ち去った。
 酒くさい息が拳の痛みとともに意識された。

Thursday, August 24, 2006

●錆びた鋸を取りあげた。

 ナンさんは職人気質のデザイナーだった。この言い方は、おれにとっては「否定できない人間性」を意味している。気のいい人、正直な人間、計算などしない人間。こんな彼が亡くなった。喘息の持病で亡くなったという。
 彼には高齢の母がいた。これだけが近親者であった。

 武藤は広告代理店に勤めるコピーライターである。ナンさんが事務所で喘息の発作を起こしとき、事務所の女性が真っ先に電話をしてきたのが武藤であり、即座に事務所にかけつけ、救急車を手配したのも彼である。
 天満の喫茶店。「A列車で行こう」の軽快なリズムのなかで、武藤は怒っていた。入院してたのに、病院で救命できなかったのは、どういうことなんや!
 もっともな怒りだと思えた。
 喘息とは「そのとき」に適切な処置さえすれば、翌日からでも日常に復帰できるような病気らしい。なのに、入院中に「そのとき」を病院は見のがし、放置し、死に至らしめたのだ。なにしてたんや! 病院に責任はないのか!

 後日。天満のいつもの喫茶店。
 今日もまた「A列車で行こう」を聴きながら、おれと武藤は打ち合わせ後の雑談をしていた。話しは、ナンさんのことに移っていった。
「ナンさんな」彼は言った。「あいつ、愚痴こぼしとったんや。支払えへんヤツがおるんやて~」
 ピンときた。
「梅か」
「そや」
 広告代理店は「うわさの王国」である。人事の評価は社内の「うわさ」で決まる。
 うわさの生理は権力に違い者が有利なものだ。そして、広告代理店で権力に近いのは営業である。制作部の梅川は、ただたんに、小骨のような営業担当者の心証をよくするためだけに、人のいいナンさんへの支払伝票をきらなかったのだ。

 おれはプランを練っていた。このままでは、すまされないことだ! 金槌がいいか、鋸がいいのか。おれは錆びた鋸を取りあげた。
 赤い錆を見ながら、病院の担当者をどうすれば突きとめれられるのかを考えた。あの夜の宿直医と看護婦全員となると、大量殺傷だから鋸では無理かもしれない。こっちはナイフにするか。
 そして、梅。これはこの鋸だと思った。赤い錆がヤツの首の骨をかき切る音が聞こえるような気がした。

Tuesday, August 01, 2006

●裏切り爆弾。

 岸島は言った。
「なあ、さーちゃん。内柔外剛とかゆうやろ、あの反対や。ソトズラだけがええねん。それも異常にな」
 心斎橋の古ぼけた喫茶店。ブルドッグに似たちっちゃなワンちゃんが、入口付近の囲いのなかでママさんが相手してくれるのを待っている。
「聞いた話しやけど、あいつの息子、自殺したらしいんや。おれだけが被害者かと思ってたけど、考えれば、あいつの家族はもっと深刻な被害者やってんなあ。ま、もう、どうしようもないことやけど」少し沈黙があった。
「おれも、あのときは、子供に金のかかるときやったしなあ…」

 D広告代理店の田川勉が独立しよう、と思い立ったのがはじまりだった。そのためには、現場を指揮できる優秀なADが必要であった。そこで、いままで面倒をみてきたプロダクションの岸島栄二に誘いをかけた。一緒に会社をやっていこうやないか。にこやかに話しかけた。岸島も考えた。子供のこともある。だが、デザイナーの命なんて短いのかもしれない。ここで一発、勝負してみるのも悪くはない。新しい環境への興味もあった。
 岡山の比較的大きな町に、新会社はできた。
 スタートは順調だった。そのうち、地方都市にしては大きなキャンペーンのプレゼンテーションの話しが舞いこんできた。クライアントは銀行。これを獲れれば新会社の安定にも、飛躍にもつながる。岸島が二案、社長の田川の一案でこれに臨んだ。
 他数社の企画を抑えて、社長案が採用された。これは提示額を越えるものだったが、いま多少の赤をかかえたとしても、会社の将来の安定をもたらすものだと思えた。撮影、イラスト作成、コピーなど、仕事は順調にすすめられた。
 そんな、あとき、岸島は奇妙なうわさを耳にする―――この企画、パクリだ。見たことがある。
 身に覚えのないことだった。そんなことはありえない。
 岸島は八方手をつくして調べた。やがて、血の気がひける事実にぶつかった。根も葉もないうわさではなかったのだ。岸島はいっそう追跡した。事実を知りたかったからだ。
 そして、ひとつの事実に出遭った。社長の田川が、昔、手がけた企画をそのまま今回のキャンペーンに流用していたという事実を。
 あんたがやったことやないか。世間にはっきりさせてもらわんと困る。岸島は田川に迫った。
 が、うやむやの返答しか返ってこなかった。筋道がとおらない、奇妙な方向に話しがネジまげられる。こんなことの繰りかえしが何日も続いた。
 そのうち、事態は最悪の方向にすすんでいった。現場の指揮は、おまえにまかせてあったはずだ…。つまり、現場の監督問題にすりかえられていったのである。
 町とはいえ、岡山の田舎町である。ましてデザインの世界はせまい。いつのまにか、世間ではパクリの岸島として烙印を押されていた。どこの喫茶店にいっても針の視線が返ってくるようになっていた。

「あいつの息子の自殺もな、あいつの性格というか…、ああいう考え方に原因あると思うんや。自分のソトヅラを保つためには、身内にも、仕事仲間にも、人間とは思えんような仕打ちをする。相手のことなんか頭にないんやな。奥さんも暴力うけてたみたいやし、息子にも同じように身勝手に、虐待みたいなシツケをやってたらしいんや」
 岸島はぽつねんと言った。

 その日のテレビは、このニュースに占領されていた。

 昨日、首に鎖で爆弾をつけられた男が警察に駆けこんできたという。岡山の小さな町でのことである。
 見知らぬ男が突然、田川家に侵入し、田川氏の首に金属ケースを鎖で巻きつけ、数時間後に爆弾をセットした、と言い残して立ち去ったというのだ。金属ケースを首に巻きつけられた田川氏が警察に助けを求めてやってきたのは、それからすでに二時間もたっていた。
 警察としては、金属ケースも鍵のかかった鎖も頑丈だったし、さらに、なにより犯人が言い残した「数時間」が正確にどれだけの時間なのかわからなかった。また、首につけられたものが、爆発物かどうかもも検証できなかった。また、爆発力の大きさも見当がつかなかった。

 また、男が警察にきてから、この状況を把握するまでに二時間以上を要していた。理解できないまま、事態が異常であると判断した警察は、自衛隊に爆薬物処理班を要請した。
 だが、あとは見守るしかなかった。
 男は警察署の駐車場の中央に置かれ、警官によって盾越しに取りかこまれていた。田舎町に岡山駐屯所の処理班がくるのにさらに一時間を要した。この間、男は駐車場の真ん中で、絶えずなにかを叫び続けていた。報道グループはさらに遠くから、でも、可能なかぎり男の表情をとらえようとしていた。

 自衛隊岡山駐屯所から処理班が到着し、爆発物処理用の甲虫のような車が男にむかって動きだしたとき、そのとき、男の場所から、周囲二メートル四方に金属偏とともに血と肉とびちった。くぐもった音だった。
 周囲の警官も、これを中継していたテレビカメラも報道陣も、一様に安堵の吐息をもらした。爆発力がこの程度のものだったからだ。

 電話が鳴った。
 岸島の声が聞こえてきた。
「怖いな~、さーちゃんは」

Friday, July 21, 2006

●コップのなかの怒り。

 今年の夏は異常に暑く長かった。湿気を含んだ空気はよどみ、熱せられたコンクリートの上でちらちらきらめき、道路のタールを溶かしていたかと思うと、突然,冬がきた。切り裂くような北風が街をわがもの顔に占領した。太陽は力を失い、空気は薄くなった。ここ数日の朝晩の冷えこみで、おれは今日からモモヒキを履きこんでいた。
 雑居ビルがならぶ一角、なかでもひときわみすぼらしい若松ビルをおれは見あげた。ため息をひとつついて、薄暗い、湿気を含んだコンクリートの階段へとむかった。
 昨日の山田宏からの電話での話しぶりでは、おれの、もうひとつのビジネスへの依頼だろうと思っていた。おれは表むきはフリーのデザイナーだが、ときどき裏の仕事もする。少しだけ危険なビジネスだ。
 『山田デザイン』と書かれているドアを開けると、事務所の全部が見える。ちっぽけなデザイン事務所である。書庫の一角にリノリウムのテーブルとプラスチックの椅子が置かれ、打ち合わせの場所になっている。四人の人間が打ち合わせをしていた。
「さーちゃん、申し訳ない」白髪がまじりの男が、右手を額の前にまっすぐあげた。彼が山田宏、年齢は五十歳を越えたほどである。
「あと二分。すまん」
 たっぷり十五分ほども経って、デザイン・ラフを握りながら山田は疲れた表情でやってきた。
「やっと終わったわ。そと、いこか。ちょっと待ってや。これ、置いてくるから……」
 わずか十名程度の会社だ。社長とはいえ現場で働かねばならないし、また、彼は現場の仕事が好きだったし、さらにいえば、山田は現場の仕事以外のことはできないともいえた。というのも…。ま、あとでゆっくり説明しよう。

 近くの二階の喫茶店に、おれと山田はいた。
 窓には街路樹が真近にせまっていて、かろうじて枝にしがみついている濃い葉っぱをとおして、赤いレンガの巨大な建物が、十一月の弱々しい光に浮かんでいた。
「あんなぁ~」ウエイトレスが去ってから山田が言った。「さ~ちゃん、はっきり言うわ。川尻や、あいつをやってくれへんか。そや、あいつや。経理のアイツや」
「やる? やるって……」おれは首に手を当てた。やるとは、つまり、殺る、殺すの意味であることを確認したのである。
「なんで、また~」
 川尻俊夫とは山田デザインの経理部長である。デザインの現場作業は知らないものの、しかし経理的な観点から山田デザイン事務所に貢献してきた人物である。おれの目からは、この不況の折、山田デザインが現在まで生きのびてこれたのも、彼の努力があったからだと思っていた。
「電話の口調から考えて、ま、裏っぽいなとは思ったけれど…。それにしても、まさか川尻さんとはなあ~。どうして、また~」
 山田は目をしばたいた。
「こないだ社員全員での反省会のときな」 言葉をつまらせた。少し沈黙があって、また話しはじめた。
「あいつ、おれを指さしてな……」
 ふたたび、少し沈黙があった。
「こんなふうに、指さしたんや」 山田はおれの目の前、十センチほどのところまで人指し指を突きだした。「おまえが、しっかりせなあかんのや! なんかヌカしやがってん」
 口調がとんがっている。目もいつもの柔和さがなかった。コーヒーを持つ手も、多少震えている。 怒りが心頭に達しているのがわかった。
「おまえ…て言いやがってん、おれにや! 社長のおれにやで」
 デザイナーやコピーライターといった人種は、本質的には現場の人間である。したがって、管理や経営といったことは得意とはいえないし、また、こうしたことを重要なこととして考えない傾向がある。思考回路がそうなっているのだ。いい仕事をする、いい作品をあげればいいとばかり考え、これ以外のことは枝葉末節なこととしてとらえてしまいがちだ。
 そして、山田宏はまさに典型的なデザイナーであり、現場こそ彼の生きる世界であった。それだけに、純真な人間であり、純情な男であり、それだけに、おお、誇りもまた高い。
 なるほど、すぐれたクリエーターがいなければ仕事は発生しないが、純真で、純情で、誇り高きクリエーターだけでもまた、会社はやっていけない。経理を担当する川尻俊夫は、陰の立場から、山田宏のこの欠陥を、あるときは、なだめ、また、すかしつつ、見事な補佐をしていると思えた。
 とはいえ、この不況。、崖っぷちの小さなデザイン事務所を維持するのは厳しいのだろう。ついに双方の立場上の違いが現実化したのだろう。そして、売り言葉に、買い言葉。十人程度の小さな会社では深刻な問題だが、小さな世界の小さなトラブルのように思えた。
 だが、トラブルはトラブルである。解決は必要である。山田の怒りはわかるものの、それにしても、なにも殺さなくてもいいだろうと思えた。
「ギャラは?」訊いた。
「きびしいんや。わかってや、さーちゃん。さっきの仕事で補填するとして…。ま、せいぜい二十くらい…」
「そんな安い命、ないなあ」 おれは笑いながら言った。「葬式代より安い命なんて」
 それから、三十分ほど山田社長と話しをした。

 針金のような三日月を背に、おれはブルーのダウンジャケットめがけてバットを振りおろした。
 川尻の悲鳴を耳の底に聞きながら、おれはペダルをこいでいた。モモヒキのため自転車のペダルを踏みずらかったが、機械のように脚を動かした。二十万のためだ。このセチガライ世のなか二十万は大金だ。
 もちろん、礼儀知らずをいましめもしたのだ。左腕の骨は折れたかもしれない。ヒビがはいる程度なら理想的なのだが。いまごろ、川尻は若松ビルの湿っぽい階段のわきで、左手をかかえてうずくまっているだろう。涙を流しているかもしれない。
 そして、明朝、山田は電話で彼に言うだろう。気にするな、ゆっくり養生したまえ。きみの努力と会社への貢献は、ぼくがいちばんわかっているんだ、と。流暢な大阪弁で、社長らしく、落ち着いて。
 この言葉は漏れ伝わって、山田社長は社員全員から尊敬のまなざしをうけるだろう。これでいいのだ。
 おれはペダルをこぎ続けてていた。

Thursday, July 20, 2006

●ナイフで切った栄転。

「腹たつんや~」
 訪ねてきた鈴木さんが開口いちばんに発した言葉だった。D広告代理店の制作部の人間である。いつもの気楽な言い方とは少し違うニュアンスを感じた。
「どうしたんですか。また、アセって…」マックの画面が消えるのを見とどけてから、おれは座りなおした。
 アメリカ村のはずれにある、おれのデザイン事務所。社員はおれ一人。最近の不況で引っ越したばかりだ。以前の半分ほどのスペースになってしまった。
「聞いてや、サーちゃん」 鈴木さんは鬚をモシャモシャと触りながら言った。代理店の人間は、だれにでも、ちゃんをつける。
「谷本、知ってるやろ」
 うなずいた。
「今度の異動でな、あいつ、東京へいくんや。腹たつやないか。わかるやろ」 あいかわらず鬚をモシャモシャと触りながら言う。顔では笑っているが目は笑っていなかった。

 鈴木さんは、広告代理店の人間とは思えないほど仕事熱心な人間だった。だからだろう、デザインの現場にも関心があり、よくおれの事務所にもやってきた。徹夜作業になるときには、弁当とビールを差しいれてもらったこともたびたびあった。
 これに反し、谷本は昼間から酒臭い匂いをさせていた人間だった。彼が仕事をしている姿を、おれは一度も見たことがない。だが、これだけのことなら、谷本は仕事嫌いの社員ということで、遅かれ早かれ、それなりの処遇をうけるだけのことだ。おれはそう思っていた。
 が、じつは違った。うわさではあったが、谷本は毎夜毎夜、新地の高級バーや高級クラブを飲みまわっているのだという。ま、これもいいだろう、そんな人間はたくさんいるんだから。だが、このうわさには奇妙なオマケまでついていた。その後、谷本の上司が彼の行ったバーやクラブをまわって歩くのだという。それが、なんと、彼の飲代を支払うためにというのだ。仕事をせず、夜は遊びまくり、なおかつ、上司が惨めな姿をさらして、彼の飲み代を支払って歩く。
 常識ばなれした話しなので、これを聞いたときには信用できなかった。だが、その後、おれの見聞きしたことを総合すると、これは事実だと思うようになってきた。さらに、つぎの異動で彼は東京へ転勤するのだという。このことは、D代理店においては栄転の意味である。

 聞くところによると、谷本は某有名企業の社長の御曹司ということであった。また、D広告代理店は企業経営者の子供を入社させ優遇する。これが会社の方針であるという。
 息子がD広告代理店に勤めているなら、その父親、すなわち、どこかの企業経営者はD社に仕事を発注するだろう。巨大な企業が、広告宣伝に投ずる金額は膨大なものだ。これに比べれば、経営者の馬鹿息子を社員の名目で好き放題にさせることなど、広告代理店にとってはたいしたことではないのかもしれない。人質ともキックバックともいえるようなやり方ではあるが、しかし、これがリアルなビジネスの姿なのかもしれない。
 だが、こんなやり方に不満を覚えるのは、ごく普通にD広告代理店に入社し、真面目に仕事をしている人間だ。企業として最善の選択であっても、同僚としては許しがたい。そのひとりが、いま、目の前にいる鈴木さんであった。
「わかりますわ。で、どの程度で…」おれは言った。
「全十段くらいで、どうかなあ」
「全国紙ですか」
「そのつもりや」
 全十段とは新聞の三分の二を占めるスペースである。制作料金は、ま、五十万ほどになる。当然、実費は別だが。
 この会話で、おれは谷本に恥じをかかすのか、気絶させるのか、身障者にするのか、あるいは、殺すのか…、おれの裏の仕事の程度を訊いたのであった。全十段なら恥をかかす程度だろう。

 ズボンのポケットに突っこんだ右手のなかでナイフをくるくる回しながら、おれは三本目の煙草を踏みつけた。目の前はネオンの海のなかのタクシーの波。その先に目的のビルがある。男がタクシーに乗りこみ、女たちが嬌声とともにそれを見送る。午前二時から三時の、いつもの新地の風景が展開されていた。
 四本目の煙草に火をつけたとき、ビルの入り口に見覚えのある痩せた女が現れた。女はタクシーをひとつひとつ丁寧に見ながら、店が呼んだタクシーかどうかを確認している。このあとエレベーターから白い背広の、白い顔の男が現れるはずだ。それが谷本である。ここ数日の下見で、おれは彼とその飲み屋の行動パターンを把握していた。
 渋滞したタクシーの波をわたり、ビルのエレベーターの前におれは立っていた。あの女はまだタクシーを確認している。右手はズボンのポケットのなかでナイフを回転させていた。エレベーターが開いた。回転していたナイフは掌のなかで胸のあたりにまで引きあげられている。ママさんらしい女性に続いて谷本が現れた。
 新地の夜の闇が女たちの悲鳴を吸いこんだ。

 D代理店近くの喫茶店。おれはコーヒーを口にはこびながら言った。
「顔に傷だけね。逃げるのに苦労したんですよ、なにせ身動きとれないくらいのタクシーのだったんですから。いっそ殺したほうがラクだったかもしれない。でも、ま、こんなことなんでしょ」回転式の固定された椅子の窮屈な動きのなかで、おれはできるかぎりほがらかな調子で言った。
 目の前には、鈴木さんのはればれとした笑顔があった。
「うん、あいつ、今日、休んでたわ。すっきりしたわ。いろんなエゲツないうわさも出てきたし、当分、あいつには仕事いけへんやろう。東京の件もご破算やろうな」
 こう言ったあと、鈴木さんは少しだけ深刻な表情になった。
「もうひとつ、ここだけの話やけどな、営業の元木…。さーちゃん、知ってるやろ?」
 おれが答える前に、彼が言った。
「新聞全ページでどないやろ。あいつ、気にくわんねん…三十段でもなんとかなるわ。腹たつんや、あいつ…」