Tuesday, August 01, 2006

●裏切り爆弾。

 岸島は言った。
「なあ、さーちゃん。内柔外剛とかゆうやろ、あの反対や。ソトズラだけがええねん。それも異常にな」
 心斎橋の古ぼけた喫茶店。ブルドッグに似たちっちゃなワンちゃんが、入口付近の囲いのなかでママさんが相手してくれるのを待っている。
「聞いた話しやけど、あいつの息子、自殺したらしいんや。おれだけが被害者かと思ってたけど、考えれば、あいつの家族はもっと深刻な被害者やってんなあ。ま、もう、どうしようもないことやけど」少し沈黙があった。
「おれも、あのときは、子供に金のかかるときやったしなあ…」

 D広告代理店の田川勉が独立しよう、と思い立ったのがはじまりだった。そのためには、現場を指揮できる優秀なADが必要であった。そこで、いままで面倒をみてきたプロダクションの岸島栄二に誘いをかけた。一緒に会社をやっていこうやないか。にこやかに話しかけた。岸島も考えた。子供のこともある。だが、デザイナーの命なんて短いのかもしれない。ここで一発、勝負してみるのも悪くはない。新しい環境への興味もあった。
 岡山の比較的大きな町に、新会社はできた。
 スタートは順調だった。そのうち、地方都市にしては大きなキャンペーンのプレゼンテーションの話しが舞いこんできた。クライアントは銀行。これを獲れれば新会社の安定にも、飛躍にもつながる。岸島が二案、社長の田川の一案でこれに臨んだ。
 他数社の企画を抑えて、社長案が採用された。これは提示額を越えるものだったが、いま多少の赤をかかえたとしても、会社の将来の安定をもたらすものだと思えた。撮影、イラスト作成、コピーなど、仕事は順調にすすめられた。
 そんな、あとき、岸島は奇妙なうわさを耳にする―――この企画、パクリだ。見たことがある。
 身に覚えのないことだった。そんなことはありえない。
 岸島は八方手をつくして調べた。やがて、血の気がひける事実にぶつかった。根も葉もないうわさではなかったのだ。岸島はいっそう追跡した。事実を知りたかったからだ。
 そして、ひとつの事実に出遭った。社長の田川が、昔、手がけた企画をそのまま今回のキャンペーンに流用していたという事実を。
 あんたがやったことやないか。世間にはっきりさせてもらわんと困る。岸島は田川に迫った。
 が、うやむやの返答しか返ってこなかった。筋道がとおらない、奇妙な方向に話しがネジまげられる。こんなことの繰りかえしが何日も続いた。
 そのうち、事態は最悪の方向にすすんでいった。現場の指揮は、おまえにまかせてあったはずだ…。つまり、現場の監督問題にすりかえられていったのである。
 町とはいえ、岡山の田舎町である。ましてデザインの世界はせまい。いつのまにか、世間ではパクリの岸島として烙印を押されていた。どこの喫茶店にいっても針の視線が返ってくるようになっていた。

「あいつの息子の自殺もな、あいつの性格というか…、ああいう考え方に原因あると思うんや。自分のソトヅラを保つためには、身内にも、仕事仲間にも、人間とは思えんような仕打ちをする。相手のことなんか頭にないんやな。奥さんも暴力うけてたみたいやし、息子にも同じように身勝手に、虐待みたいなシツケをやってたらしいんや」
 岸島はぽつねんと言った。

 その日のテレビは、このニュースに占領されていた。

 昨日、首に鎖で爆弾をつけられた男が警察に駆けこんできたという。岡山の小さな町でのことである。
 見知らぬ男が突然、田川家に侵入し、田川氏の首に金属ケースを鎖で巻きつけ、数時間後に爆弾をセットした、と言い残して立ち去ったというのだ。金属ケースを首に巻きつけられた田川氏が警察に助けを求めてやってきたのは、それからすでに二時間もたっていた。
 警察としては、金属ケースも鍵のかかった鎖も頑丈だったし、さらに、なにより犯人が言い残した「数時間」が正確にどれだけの時間なのかわからなかった。また、首につけられたものが、爆発物かどうかもも検証できなかった。また、爆発力の大きさも見当がつかなかった。

 また、男が警察にきてから、この状況を把握するまでに二時間以上を要していた。理解できないまま、事態が異常であると判断した警察は、自衛隊に爆薬物処理班を要請した。
 だが、あとは見守るしかなかった。
 男は警察署の駐車場の中央に置かれ、警官によって盾越しに取りかこまれていた。田舎町に岡山駐屯所の処理班がくるのにさらに一時間を要した。この間、男は駐車場の真ん中で、絶えずなにかを叫び続けていた。報道グループはさらに遠くから、でも、可能なかぎり男の表情をとらえようとしていた。

 自衛隊岡山駐屯所から処理班が到着し、爆発物処理用の甲虫のような車が男にむかって動きだしたとき、そのとき、男の場所から、周囲二メートル四方に金属偏とともに血と肉とびちった。くぐもった音だった。
 周囲の警官も、これを中継していたテレビカメラも報道陣も、一様に安堵の吐息をもらした。爆発力がこの程度のものだったからだ。

 電話が鳴った。
 岸島の声が聞こえてきた。
「怖いな~、さーちゃんは」

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